遅ればせながら判決文を読みました。
 過失、無過失の立証論の部分だけを見ると、裁判官は、被害車両の運転手にも一定の前方不注意があった結果、センターラインを超えてきた加害車両に気付くのが遅れており、本来であればもう少し早く急制動をとることができたことは間違い無いのだけれど、その程度が不明である、との心証に達している気がします。

 これって、過失も無過失も立証できていないという心証じゃなくて、明らかにごくごく軽微な過失があるとの心証は得ているけれど、その程度が分からないというだけのことではないのか。

 この裁判官は、前方でセンターラインを超えてくる車両があったら速度を落として衝突の被害を抑える程度の義務は対向運転者に対して課してもよく、軽度の前方注意義務違反により減速が遅れており、本来ならもう少し衝撃を小さくできたはず、ということまでは確定的な心証に達していて、その場合に損害が軽減されたかどうかが分からないことについて、「無過失の立証がない」という表現をしているのではなかろうか。「クラクションを鳴らしたら回避できた可能性」に関しては蛇足だという気がします。

 裁判官の内心がそのような状態であるとすれば、さほどの違和感はありませんが、それは「無過失も有過失も立証できていない状態」と判示すべき状況なのかどうか、無過失の立証とは、事故の回避の不可能だけではなく、損害軽減可能性がないことの立証まで含むのかどうか、違和感は拭えないところです。

話題になった部分しか読んでいないので、他の部分を読み込んで何か気付いたら追記。


さっきヤフーニュースで読んだ、「クラブのママの中に枕営業をする者があることは公知の事実」だというのも興味があるなあ。判事や検事を経験していると、自然と身につく知識なんだろうか。